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ちょっと疲れた2008年02月05日 21時05分43秒

父の著書
 昨晩は仕事で午前様だったので、午前中はベットで寝ていました。いろいろ考えごともあって、ぐっすりは眠れなかったのだけど。午後から活動。 

今日は仕事で新宿に行ったのですが、ちょっとアテがあって紀伊國屋に寄りました。父の本があるかなぁと。父は、学者ではないのですが、30歳代のころに本を書いたのが最初で、今に至るまで、10数冊の専門の著書があります。わたしにもよくわからないのだけれど、工学とか応用力学とか、何だかそんな分野です。もちろん、ベストセラーになったことはないですよ。

 先日、山海堂という出版社が閉鎖したのですが、そこからも数冊出版していました。その本、ないかなぁと。うちにも著者用に出版社から送られてきたものがありますが、それももう、在庫が尽き、人に差し上げるときも、最近は買っていました。出版社が止めてしまったとなれば、入手困難で、それこそ、アマゾンでも、プレミアつきで買わなければならないのです。まあ、わたしから言わせれば、そんなつまらない本を、定価より高くは買いたくないので、あったら買おうという感じで。

 1冊、棚にありました。(↑写真)売れる本じゃないから、ほっといたって大丈夫なのだけど、一応、確保。レジで、親切なおねえさんの店員さんが、言ってくれました。

 おねえさん「この本、背表紙がちょっとだけですが切れていますが、今お調べしたら、新宿西店に同じ本があります。お取替えしましょうか?」って。
わたしは、それには及ばないということと、その在庫も確保してもらえるように頼みました。そして、軽く事情を話すと、それではと、全国の紀伊國屋の在庫を調べてくれ、結局、北は札幌、南は博多から、父の本を全部、この本店に集めてくれることになりました。かなりな冊数でしたが、おねえさんの親切にはとても感謝です。

 別に、ベストセラーでもなんでもない、ただのつまらない専門書なのですが、こうした本を書いているときの父の姿を思い起こすと、わたしにとってもいとおしい本です。1冊の本を書くには、ものすごい量の本を読み、勉強し、新しい論文にも目を通して、間違いのないように神経を使っていました。出版して数年たち、地方都市の本屋さんにあったということは、そろそろうちに戻ってもいいよということ、と解釈しました。うちに戻れば、また、活躍の機会があります。ちなみに、この本の著者近影も、わたしが撮りました。漱石じゃないけれど、いつも苦虫を噛み潰したような顔をしている父を微笑させるのに、苦労しました。

 今週末は基礎水泳指導員試験があります。もう、ひと月半以上、まともに泳いでいないわたし。もう、どうでもいいという気になっています。いま、とにかく仕事に打ち込むことだけ。もう、どうでもいい。それより、このごろよく、母のことを思い出します。会いたい。生前、あれだけよく話し尽くした母でしたが、それでも、まだ、会って話がしたい。今のわたしを、母はどういうふうに思っているのか知りたいなと。ふとそんなことを。

 「疲れた」は、仕事でも私事でもタブー。なるべく使わないように心がけていますが、ここだから、本当のことを言います。もう、ほんとに精魂尽き果てました。人を愛するということに、こんなにエネルギーを使うなんて初めて。ボロボロです。