戻ってきたボタン ― 2006年07月31日 23時59分59秒
この週末、また那須を旅行してきました。金曜日に出かけて、その日は普段の那須よりちょっと混んでいる程度でしたが、土日はかなりの人出。わたしがいつも宿泊するところは、御用邸に非常に近く、今回は皇太子一家が滞在されているので、ホテルに出入りするのに、その都度車を止められました。いつも思うのですが、那須は軽井沢より気温が低いようで、わたしは夏、軽井沢ですごすより、那須にいる方がよっぽど避暑になるように思います。その代わり、3,4日いれば、必ず一日は豪雨に遭いますけれど。
わたしには、それを着ていれば友人からは必ずわたしと思ってもらえる薄手のジャケットがあります。これはもう15年以上前に、初めて長期のイギリス・フランス旅行をした際、母が作ってくれたもので、洋裁和裁に長けていた彼女が、生地、デザイン、色、そしてボタンに至るまで、大袈裟にいえばわたしに似合うように、心血を注いで作ってくれたもの。今では邪推するしかないのですが、彼女はたぶん、わたしの交通安全を含めた旅の安全を祈って作ってくれたものだろうと思っています。そういうわけで、いまでもわたしはこのジャケットを春から秋まで、大事に管理しながら、特に危険なことをするときや、ここぞというときにはよく着用するのです。そして、作ってもらってからいままで、ボタンが取れたことも、取れそうになったこともありませんでした。こういうところに母親の深い愛情を感じます。
ところがひとつき程前、これを着て出かけて、帰ってきたら第1ボタンがないのに気づきました。その日の行程を考えても、ボタンを探し出すことは絶望的でした。たしかこのボタンは、母と行く生地屋さんのどこかで吟味して買ったものですが、どこだったか思い出せないし、また、年月も経っているので、同じものを見つけるのもたぶん無理。残念に思い、また思案にくれながら、第一ボタンのとれたジャケットを自室の本棚にかけたままにしていました。
それが今朝、家を出るのに、玄関の外でいつもはあまり使わない折りたたみの日傘を広げたら、ポロンと出てきました。そういえばなくした日、この傘を持っていました。この日傘は、母が最後に持っていたものなので、わたしもよほどのことがない限りあまり持って行かないのです。それで、今まで気づかずにいたのでしょう。
でも、わたしにはもうひとつ、あんまり落胆していたわたしを空の上からみていた母が、ここに戻してくれたと考えるのもいいかもと思っています。
コメント
_ だんじり ― 2006年08月01日 23時05分45秒
_ セルクル ― 2006年08月02日 22時45分16秒
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