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いちにちのいろいろ2006年08月16日 22時04分55秒

那須・茶臼岳

今日はとても蒸し暑い日で、朝から雨、曇り、晴れと思ったらまた雨と、お天気までとても忙しい一日でした。

午前も午後も自室でデスクワークをしていたのですが、昼食後運動がてら用事を作って郵便局やスーパーに歩いて行ってきました。郵便局では振込みをしようと番号をとったら5番目。案外郵便局は混んでいました。待っていられない性分のわたしは、スーパーの帰りにもう一軒の郵便局に寄ることにして、また歩きました。いつもはあんなに賑やかな住宅街なのですが、ひとっこひとりいないという静かなお盆のいちにちでした。(因みにうちは、新盆でやるので、この静けさとは関係ないのですが)

夏になると、とうもろこしとの戦い。もう、どーしても好きで、つい食べ過ぎてしまいます。ことにおととしの夏に、おいしいとうもろこしの産直品を知ってからは、よけいに。群馬県片品村・片品林檎亭 http://www.kannet.ne.jp/ringotei/net-baiten.htmそこでは、トマトもやっていて、これをミックスにして送ってもらうのですが、このトマトもまた美味しい。トマトのほうは、美容によいので、旬でない冬でも食べていますが、やっぱり夏のトマトも最高、というわけで、ちょっと太り気味を、夜泳いでチャラにしてきたつもりです。

写真は那須・茶臼岳(ちゃうすだけ)皇太子が時々登山する山です。今回、わたしが美しいと思っている朝日岳から鬼面山のなだらかなカーブ(5月23日に書きました。)を取ってきたので、明日から載せてみようと思いますが、一枚におさまらなかったので、続きになってしまいます。

サンドイッチを作る日を迎えてよかった2006年08月15日 23時46分51秒

那須ボルケーノハイウエイ展望所からの那須の街

今日は朝から頭痛。こういうのは本当に困る。わたしは頭痛で辛いと思うより、寝ていなきゃいけない無駄な時間を何とかしてよ!と思ってしまいます。それでも仕方ないので、アイスノンをして寝ながらアイスクリームを食べ(←こーゆーのは、人には見せられません)、薬を飲んだら、2時間後には使い物になる人間に復活しました。今日のはしつこくなくてよかったです。

さて、少し前から料理に目覚めた父。同じものなのですが、何度も何度も作ります。さといも、ごぼう、にんじん、切りこんぶ、こんにゃくなどが入った煮物で、わたしのとっておきの鍋で作っています。はじめはキッチンの道具や調味料などを、あれこれ使いっぱなしにするので、わたしはかなりまいっていたのですが、偏食の多い彼が、自分で作るものはよく食べるので、それはよいことでもあるのでした。わたしは主食のおかずだけを考えればよいのですし。だから、使いっぱなしのものも、片付けています。

さて、その父が、今日は午前中ぐったりとなっていたわたしの部屋に、彼の手作りのサンドイッチを持ってきてくれました。お皿にもなにも載っていなくて、手渡しされたのですが、具合の悪いわたしを心配して作ったのだと思ったら、起き上がって、居間の食卓で食べることにしました。聞けば、材料全部を近所のコープで買ってきたのですって。彼の買い物は、作るのに必要なものを全部買ってきます。たとえ家にあるものでも。バターやチューブに入った練りからしまで。『冷蔵庫にあったのにー!』と言いかけましたが、考えたら、これだけの材料を揃えるのも、頭の訓練。料理は認知症予防にいいというし、いいことにしました。

午後はだいたい回復したので、自室でたまった仕事を猛然とやりました。そして夜はプールにまで行き、盛りだくさんの一日でした。

今日は61回目の終戦記念日。その日、中学生で、終戦を行徳の暁部隊で迎えた父が、今日はサンドイッチを作る、そんな日で良かったと思いました。

写真は那須・ボルケーノハイウエイから撮った那須の街。真下に殺生石(せっしょうせき)という硫黄のすごいところがあり、写真を撮ったところまでにおいが漂っていました。

分身?を会津へおくる2006年08月14日 21時49分21秒

昨日から、妹一家は、義弟の実家大阪府河内長野市というところに帰省しています。いつもどこに行っても混んでる東京が、こんなに空いているときに、ここを離れるのはもったいないような気がするので、わたしは休みでも、この時はここを離れないです。でも、サラリーマンの彼が休める日は決まっているので、そうもいかないのでしょうね。

昨日、車で出かけた一家は、朝8時に出発して行きました。いつもは夜中に出発するのですが、今回はそれができなかったようで、しっかり渋滞にはまったようです。途中、妹からメールが何度かきました。海老名SA…ここは、箱根好きなわたしでも、なじみがあります。由比PAは売店も何もないけど、景色はすばらしかったそう。わたしにとっては由比はもう電車で行く距離でしょうか。さくらえび?湾岸長島PAには足湯があったそうです。法隆寺IC付近からメールをもらったときは、懐かしいのと、法隆寺とマイカーとのアンバランスな感じに(わたしにとっては、法隆寺は、自分の車で運転して行かれる範囲ではないので、異様な感じだった)思わず、電話して話しました。そして、19時ちょとすぎに、カーナビであと1キロとでたよ、と電話。出発から11時間あまりたって、無事到着したようです。

さて、昨日の会津からのお客様、食事を用意していたのですが、電車の都合で、一緒にできず、わたしは準備しておいたもののうちから、おいなりさん、なすの揚げびたし、高野どうふの煮物を持って行っていただきました。美味しく食べていただけてたら、いいのだけど。このお弁当を詰めたわたしが使っていたジップロックコンテナたち、今度は会津で活躍してくれるので、何となく嬉しい気分です。

平凡であるしあわせ2006年08月08日 22時02分46秒

那須・ホテル庭に咲く桔梗

わたしはわりと時間に自由がきく仕事なので、雨が降ってかつ父が出勤する日は、駅まで彼を車で送るのですが、いつもちょっと楽しみにしている「すれ違い」があります。それは、近所に住む妹が、やはり同じように義弟を駅に送って帰る車とすれ違うことです。妹は小さい子どもが2人いるので、夫婦して出かけるときは、漏れなく娘2人を連れて行くので、わたしのような身軽さがなく、ちょっと大変なのです。本当はわたしが、父と義弟の両人を一緒に送ればいいのだけれど、義弟の方がほんの20分ほど早く、お互い朝の20分というのは、調整がつかないようです。(←あのー、決して仲が悪いわけではありませんよ。) 今日も、公園の近くで、帰りの彼女の車とすれ違いました。うちは4日前に車を新車にしましたが、妹の家の車と全く同じもので、外見では区別がつかないくらい。違うのはナンバーと乗っている人間だけです。ナンバーを確認後、運転席を見たら、妹が大きく手を振っていました。

女の兄弟とは、こんなことでも結構楽しいもので、夜電話でとりとめもない話をしました。

わたし「うちの新車、初めてみたんじゃない?」

妹  「そうね。うちのと同じで、ナンバーが前の車と一緒だから、すぐわかったわ。」

わたし「今朝はすれ違うところが、いつもより駅寄りだったよね。彼、今日は遅く出て行ったの?」

妹「そうじゃないの。いつもと同じ時間に出て行ったのだけど、Fちゃん(姪っ子2号)のオムツ替えになっちゃってね、駅で彼を送りだしてから、替えていたものだから・・・・・・(笑)」

平凡な会話ですね。でも、平凡が幸せとも思います。

写真は、那須のホテル庭に咲くキキョウ。キキョウというと、ずっと昔流行った歌の影響で、秋の花のような気がしていたんですが。

♪春は菜の花、秋には桔梗~・・・・・・♪わたしが初めて聞いた中学1年生のとき、すでに古い歌だったようです。

一週間は気分よく2006年08月06日 23時12分51秒

那須・新林の散歩道

今日はやりたいことがあって、昼間いちにち家にいたのですが、東南に面しているわたしの部屋はとにかく(言いたくないけど)暑いのです。試しに部屋の温度計を置いたら、40℃にあとひといきという感じで、もちろんエアコンをいれなければ熱中症に容易にかかる感じです。

今日は自室の片づけをしました。キッチンでも部屋でも同じだと思いますが、気をつけていないとちらかり放題になってしまいます。そして、ちらかった部屋というのは、何となく落ち着けなく、仕事も能率が悪いような気がします。それと、これが今日片付けた最大の理由なのですが、外から帰ってきて部屋がちらかっていると、もうそれだけでイヤになり、ぐったりと疲れてしまいます。

そんなわけで、1週間はもつようにきれいにしました。

写真は那須の林の中。こんな風景をみながら散歩していました。

人と車も人間関係と同じ2006年08月05日 22時59分38秒

那須・林の中に咲く花 トンボと一緒に

今日はいろいろな都合で、午前中にプールにでかけたものだから、午後からからだのだるいこと。小学生ならいざ知らず、大人になってから、激しい体操や運動を、いちにちの始まり部分にもってくるもんじゃありませんね。

午後からは、新車のもろもろを整え、少し離れたところまでドライブしてきました。ずいぶん運転してみたのですが、わたしには前車のことを完全に頭から払拭することができず、まだ、新車と仲良くやっていけそうにありません。

写真は那須の林に咲く花。トンボがとまっています。実は今回の那須旅行、昨日さよならした車とは別の車で行ったのですが、宿泊先の駐車場に入れてビッリしました。真向かいに停まっているのは、わたしが昨日別れた車と全く同じ車種、色、おまけに、1車輪だけホイルキャップがないのも同じ。追っかけてきたのかと思いました。その車の近くに咲いていた花です。

大人じゃなかったら、泣いているところ2006年08月04日 23時59分59秒

今日は納車の日でした。というより、わたしとしては、たぶん今日でマニュアル車を運転するのは最後になるだろうということと、さらには、馴染深い車とさよならする、ちょっと辛い一日でした。

14年近く乗った車なので、廃車になるようですが、先日、大人気もなく、車の中も外もピッカピカに磨き上げてありました。今日はコレで、約束までの時間、最後の軽いドライブをしてきました。わたしには特別、車の趣味はないけれど、車というのは家族のいろいろな思い出と一緒だったことが多いから、本当にいとおしく感じていました。

家に帰って来てすぐ、新車到着。45分ほどして、わたしの車は去っていきました。最後にボンネットに手を当てて、「ご苦労さまでした」と言いました。角を曲がるまで見ていました。大人じゃなかったら、泣いているところでした。

新しくわたしの家族になった車は、とてもタフだった前車のナンバーと、わたしが免許を取って初めて運転した前々車の、わたしにとってはお守り的「ポール」を受け継いで、元気に走ってくれることを願っています。 そしてわたしも、今まで以上に、安全運転を心がけようと思っています。

戻ってきたボタン2006年07月31日 23時59分59秒

この週末、また那須を旅行してきました。金曜日に出かけて、その日は普段の那須よりちょっと混んでいる程度でしたが、土日はかなりの人出。わたしがいつも宿泊するところは、御用邸に非常に近く、今回は皇太子一家が滞在されているので、ホテルに出入りするのに、その都度車を止められました。いつも思うのですが、那須は軽井沢より気温が低いようで、わたしは夏、軽井沢ですごすより、那須にいる方がよっぽど避暑になるように思います。その代わり、3,4日いれば、必ず一日は豪雨に遭いますけれど。

わたしには、それを着ていれば友人からは必ずわたしと思ってもらえる薄手のジャケットがあります。これはもう15年以上前に、初めて長期のイギリス・フランス旅行をした際、母が作ってくれたもので、洋裁和裁に長けていた彼女が、生地、デザイン、色、そしてボタンに至るまで、大袈裟にいえばわたしに似合うように、心血を注いで作ってくれたもの。今では邪推するしかないのですが、彼女はたぶん、わたしの交通安全を含めた旅の安全を祈って作ってくれたものだろうと思っています。そういうわけで、いまでもわたしはこのジャケットを春から秋まで、大事に管理しながら、特に危険なことをするときや、ここぞというときにはよく着用するのです。そして、作ってもらってからいままで、ボタンが取れたことも、取れそうになったこともありませんでした。こういうところに母親の深い愛情を感じます。

ところがひとつき程前、これを着て出かけて、帰ってきたら第1ボタンがないのに気づきました。その日の行程を考えても、ボタンを探し出すことは絶望的でした。たしかこのボタンは、母と行く生地屋さんのどこかで吟味して買ったものですが、どこだったか思い出せないし、また、年月も経っているので、同じものを見つけるのもたぶん無理。残念に思い、また思案にくれながら、第一ボタンのとれたジャケットを自室の本棚にかけたままにしていました。

それが今朝、家を出るのに、玄関の外でいつもはあまり使わない折りたたみの日傘を広げたら、ポロンと出てきました。そういえばなくした日、この傘を持っていました。この日傘は、母が最後に持っていたものなので、わたしもよほどのことがない限りあまり持って行かないのです。それで、今まで気づかずにいたのでしょう。

でも、わたしにはもうひとつ、あんまり落胆していたわたしを空の上からみていた母が、ここに戻してくれたと考えるのもいいかもと思っています。

知らぬ顔で減塩醤油購入2006年07月26日 21時36分07秒

今日は本当に暑い一日でした。昨晩、ぼんやり見ていたテレビ『本当は怖い家庭の医学』??とかいう、たけしの司会する番組で、夏風邪の怖さをやっていました。肩や腕や首すじを出して、薄着で、エアコンをつけたまま寝るのは死に至る夏風邪をひく可能性が高く、よくないそうですが、まさにわたしはやっていて、それじゃ、今晩からはやめようと思ったけれど、いざベットに入る段になったら、エアコン25度に設定し、今までどおりでいいや・・・・・・ということに。暑さには勝てません。

先日、降圧剤をのんでいる父が、ホームドクターにかかったら、いつもより激的に血圧が高く、その朝、降圧剤をのむのを忘れたのが原因かもしれないということでした。頑固で生活習慣を絶対に変えようとしない父も、さすがに驚いたらしく、『減塩醤油にしてみようかな。』といいました。これは、わたしからみれば、青天の霹靂ぐらいの感じの出来事です。

実は、父が降圧剤をのむことになってから、母は食卓に出すお醤油は、減塩醤油にかえていました。ほんとうはお醤油を食卓に出すのをやめればいいのですが、父の性格からして、そういうわけにもいかなかったので。そして、減塩醤油のことは父には知らせなかったので、母は買うのから保存まで、それはそれは気を遣ってすごしていました。母が亡くなった後も、わたしが母の気持ちも考え、いままでどおり、減塩醤油を父の知らないまま管理しています。それと、もうひとつ、思いあたるフシがありました。1年ほど前から、高血圧の人によいという、ヤクルトから出ている「プレティオ」というドリンクを父に飲ませていたのですが、わたしが食卓に出さないとのまないので、自分で健康を守る気がないなら、しばらく止めようとここ一月くらい買っていませんでした。

さて、減塩醤油を買うのに、一緒に見てくれ、というので、いつも買うスーパーで一緒に探すことに・・・・・・わたしはいつも買っているから、どこにどんな減塩醤油があり、どれを選ぶか決まってるのですが、初めてみるようなフリをして捜しました。結局、数種ある中から、いつもわたしが買うのを父も選びました。

結局、今日またドクターにかかったら、劇的に高いのからは脱出していましたが、やっぱり高値安定していたときより高い。というわけで、調理用醤油も減塩にかえ、プレティオもわたしが一日一度、食卓に運ぶことにしました。

飲まぬなら飲ませてみせようほととぎす

というわけで、わたしには秀吉くらいの才覚しかないわけです。

姪のプールはじめ2006年07月19日 23時08分07秒

こちらも昨夜から、ひどい豪雨です。朝起きたときは、ゴーっという雨の音しか聞こえなかったくらい。

今日は姪がわたしの通うスイミングスクールに体験レッスンするということで、妹と興味津々、見に行ってきました。わたしもこのプールに足が立たない頃から通いだしましたが、見学ブースで見ているとき、かつて、わたしもこうやって見られていたのだなぁと思うと、感慨深いものがありました。幼稚園のプールとは規模が違うし、どういう感想を姪が持つのか、興味がありました。姪はいちど溺れかけたようでしたが、結構平気な顔をしており、なんだか知らない間に大きくなったなぁと思いました。

大人たちの心配をよそに、幼稚園の同じクラスのお友達もいたりで、楽しかったと帰ってきました。その後は、いつもより食欲が出て、わたしが作ったとりのから揚げと、野菜いろいろスープをたくさん飲み、豪快な感じでした。水泳をすることで軽い喘息モドキから健康になってほしいし、泳げるようになれば、泳ぎの楽しさはきっとわかると思いますが、それと同時に水の怖さをわかってもらいたいというのが、妹とわたしの願いです。

今日は、新車の具体的事務手続きをしました。印鑑証明、納税証明などを渡し、車代を支払いました。いよいよ、今の車とさよならする日が近くなってきて、新車への期待というより、旧車と別れるのがちょっと辛い。