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困難は乗り越えるためにあると思えるか2007年12月15日 23時09分34秒

  昨夜は午前2時半ごろ、大好きだった友人と葛西までドライブをして帰ってきたのですが、彼の話がわたしにとってあまりにも衝撃的で、家の前で車から降ろしてもらって、自室に戻っても、ぼう然としていました。もう、これ以上ポジティブに考えようがない。もう、ダメなのだと思ったけれど、あまりの衝撃で、涙も出ませんでした。化粧も落とさないまま、ベットにもぐりこんで、でも、結局一睡もできず、朝を迎えてしまいました。

 今日は、品川で水泳指導の日。ほんとうのことを言ったら、一日中、ベットに横になっていたかった。けれど、そういうことが許されない環境にいるので、仕方なく起き上がり、食欲もないまま、それでも、プールで監視する身が倒れてはいけないから、エネルギー補給用のゼリー飲料を口にして品川へ。これも、ほんとうにつらい道中でした。

 どうしても元気になれませんでした。わたしが初めて、ここに来たときに、まったくわたしの言うことを聴いてくれなかった障害児が、今日はわたしに手を振ってくれました。その一瞬は、来て良かったと思ったのですが。

 終わって逃げるように品川を後にしました。何も口にしていないのに、気持ちが悪くて、吐きたい気分で、うちに帰って、だいぶ戻してしまいました。食べてないから、何もでないのだけれど。

 夕食も食べられず、でも、食べたフリだけして、ホームプールへ。大好きだった友人にも逢ってしまいました。ゆうべのことを引きずってしまったわたし。たぶん、彼も。彼のいつもとは違う態度に、帰りには、初めて悲しい気持ちになり、車を飛ばして、泣きながら、あてもなく走ってきました。もう、泣くのはこの、愛車の中だけにしようと思って。まったく、何ということ!なんで、こんなに悲しく感じるのか、わからない。わたしは、もっともっと悲しいことを経験しているはずなのに、悲しみが測れるものなら、悲しい目盛の針は、振り切って、測れないハズなのに・・・・・・。これしきのこと!なぜ、いま、乗り越えられないと思っているのだろう。