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自分の存在意義2007年09月01日 23時59分59秒

「でもって、おねーちゃん、ゆうべはドクターの言うとおり、『無理しないで』泳いだんでしょーねぇ。」と、朝、妹から電話がありました。
わたし「いや、わたし、考えたんだけど・・・・・・」というのが言い終わらないうち、
妹「うーん、何にも考えなくていいよ。無理したのね<`ヘ´>」
わたし「しました(^_^;)。考えたのよ、『無理』っていう言葉がなんであるかを。無理はするものだから、あると思ったんだけど。」
妹「ちがうよ<`ヘ´>。無理した人が、これはやっぱりしないほうがよい、と思ってできた言葉です!大体、検査して結果が出るまでは、やっぱりどう考えても、おねーちゃんのやってることは合理性に欠ける。」

とても冷めた言い方をすれば、わたしに万が一のことがあっても、たいして影響のでる人はいません。ひとり者というのは、こういうことです。わたしを家政婦代わりにしている人は、そういう意味で困るでしょうけど。というわけで、ある程度のむちゃはします。逆に言うと、独身者が、社会でいまひとつ信用されないのは、こういうことですね。

でもまあ、妹の気遣いは、悪い気はしませんでした。

さっき、プールの帰りに、今日はぼんやり運転していて、車をちょっと高めの縁石に乗り上げてしまいました。おまけに、後輪でもやってしまった。相手が物でよかったです。わたしの車は、かなりキズがついてしまって、ちょっとショックでした。運転中いちばんしてはいけない、考え事、ボンヤリすること。泳いだ後って、わたしはボンヤリしてしまうことが多いので、気をつけようと思います。これはわたしの冷めた考えに対する警告かもしれないし。