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古きモノの良し悪し ― 2007年12月01日 23時59分59秒
明日の水泳大会で、自分の個人種目25m&50mバタフライの他に、わたしの承諾なしに、女子100メートルのメドレーリレーのバタフライと混合200メートルフリーリレーに組まれて、釈然としないわたしでしたが、泳ぐことになってしまったからには、きちんとやろうと思いました。趣味だからこういうのって、ひっかかる。仕事だったら、釈然としないことの連続でも、なんとかできるものなんだけど。
それで、海でも見て、少し落ち着こうと思い立ち、今朝、まだ夜が明けないうちに、車にETCカードを突っ込んで、ナビのいうとおりの道で、またまた九十九里の海に行ってきました。早朝なので、道は空いていて、朝早く砂浜の海岸到着。磯の香りはしないけど、ひと月ほど前とは比べ物にならないくらいの冷たい海の水に足をつけてみて、イヤなこと、全部洗い流してきました。海と空がつながっている。自分の力の及ばない大自然の景色を見ると、月並みだけど、自分の悩みやイヤなことは、小さく感じられるもの。今頃、明日の大会に備えて、みんなはプールで練習しているはず。けれど、わたしは、夜、みんなのいないプールで泳げばいいわ。
夜、プールへ。明日は早いけど、普段の行動を逸脱せずにやるというのも、気持ちのよいもの。わたしのあこがれのおじさまもいらして、どこから聴いたのか、それとなく気遣ってくださり、わたしの気持ちも理解してくれました。彼もいつも同じことを思っていたそう。安心しました。ところが、マスターズクラスが始まり、アップをしているとき、首肩が、ピキン!と岩盤をはめられたように固まってしまいました。何ということ!半年~1年に1回の骨棘(こつきょく)の痛みが、選りによって今日来るなんて!それでも、何ができるか、できないか、確認しながら泳ぎ、バタフライは大丈夫、クロールは右呼吸なら顔を上げられることを確認しました。クロールはリレーで25mを泳ぐだけなので、いざとなったら無呼吸でもイケるので、痛いのさえ我慢すれば、何とかなるとわかりました。飛び込みも、顔を上げてしまうヘタな飛込みをしなければ大丈夫とわかりました。とにかく、頑張るつもりだったのですが・・・・・・。
22時過ぎ、プールから上がってすぐ、同じマスターズ仲間から連絡がありました。
「明日の女子リレーは、○○さんが大丈夫になったそうなので、泳がなくていいです。」
これにはわたしも唖然としました。わたしが自己主張したのは一度だけ。あとは、対外的には気持ちよく受けていたのに、無理やり出ろといったり、いらないと言ったり。しかも、前日の夜に。ちょっと無礼すぎるように思いましたが、もともとわたしとは相容れない考え方だったのだからと、その時は怒る気にも、反論する気にもなりませんでした。
仲良しのプールのコーチと、その夜、甘いものを食べながら、話しました。彼女も、他のプールで個人的に泳いでいますが、こういう無礼な扱いはないそうで、これはどうやらうちのプールの慣習のようです。わたしも彼女の前では、感情むき出しになってしまうのですが、彼女と話して落ち着き、彼女に理解してもらって、安心しました。いつも、どんな時間でも、そっとわたしを後押ししてくれる彼女には、本当にありがたいと思いました。
明日は、とにかく、混合リレーだけは、もてる力すべてを出して、しっかり泳いでくるつもりです。
それで、海でも見て、少し落ち着こうと思い立ち、今朝、まだ夜が明けないうちに、車にETCカードを突っ込んで、ナビのいうとおりの道で、またまた九十九里の海に行ってきました。早朝なので、道は空いていて、朝早く砂浜の海岸到着。磯の香りはしないけど、ひと月ほど前とは比べ物にならないくらいの冷たい海の水に足をつけてみて、イヤなこと、全部洗い流してきました。海と空がつながっている。自分の力の及ばない大自然の景色を見ると、月並みだけど、自分の悩みやイヤなことは、小さく感じられるもの。今頃、明日の大会に備えて、みんなはプールで練習しているはず。けれど、わたしは、夜、みんなのいないプールで泳げばいいわ。
夜、プールへ。明日は早いけど、普段の行動を逸脱せずにやるというのも、気持ちのよいもの。わたしのあこがれのおじさまもいらして、どこから聴いたのか、それとなく気遣ってくださり、わたしの気持ちも理解してくれました。彼もいつも同じことを思っていたそう。安心しました。ところが、マスターズクラスが始まり、アップをしているとき、首肩が、ピキン!と岩盤をはめられたように固まってしまいました。何ということ!半年~1年に1回の骨棘(こつきょく)の痛みが、選りによって今日来るなんて!それでも、何ができるか、できないか、確認しながら泳ぎ、バタフライは大丈夫、クロールは右呼吸なら顔を上げられることを確認しました。クロールはリレーで25mを泳ぐだけなので、いざとなったら無呼吸でもイケるので、痛いのさえ我慢すれば、何とかなるとわかりました。飛び込みも、顔を上げてしまうヘタな飛込みをしなければ大丈夫とわかりました。とにかく、頑張るつもりだったのですが・・・・・・。
22時過ぎ、プールから上がってすぐ、同じマスターズ仲間から連絡がありました。
「明日の女子リレーは、○○さんが大丈夫になったそうなので、泳がなくていいです。」
これにはわたしも唖然としました。わたしが自己主張したのは一度だけ。あとは、対外的には気持ちよく受けていたのに、無理やり出ろといったり、いらないと言ったり。しかも、前日の夜に。ちょっと無礼すぎるように思いましたが、もともとわたしとは相容れない考え方だったのだからと、その時は怒る気にも、反論する気にもなりませんでした。
仲良しのプールのコーチと、その夜、甘いものを食べながら、話しました。彼女も、他のプールで個人的に泳いでいますが、こういう無礼な扱いはないそうで、これはどうやらうちのプールの慣習のようです。わたしも彼女の前では、感情むき出しになってしまうのですが、彼女と話して落ち着き、彼女に理解してもらって、安心しました。いつも、どんな時間でも、そっとわたしを後押ししてくれる彼女には、本当にありがたいと思いました。
明日は、とにかく、混合リレーだけは、もてる力すべてを出して、しっかり泳いでくるつもりです。
おひとりさまになってみた ― 2007年12月02日 23時59分59秒
昨日の話に続き、
昨夜は、ほんとうはプールが終わってから、職場に行って、急ぎの書類を作らなければならなかったのですが、それはやめて、仲良しのプールのコーチに付き合ってもらい、一緒に、ありえない組み合わせの甘いものを食べ、自分をカームダウンさせました。帰ってきたのが1時半過ぎで、それから、後始末などをして、寝たのが3時ごろでした。海をみたりして、あれだけ無理やり上げていたモチベーションも、ちょっとしぼんでしまったので、自分の個人種目はリタイアすることにしました。これは、わたしがいちばん嫌う最低の選択だということはわかっているけれど。
2時半すぎでしたが、一緒に混合リレーを泳ぐ仲間に、とにかく、混合リレーだけは、何があっても行くというメールだけしておいて、寝ました。
午前中、もう、これ以上できないというほどのフルメイクをして、シャッキリさせ、出かけました。どうせプールに入る前に、メイクは落としちゃうんだけど、これもひとつのおまじないのようなもの。巣鴨までの小一時間ほど、これからする泳ぎをイメージしていました。たった25mなんだけれど、これって意外と重要なんです、わたしには。
アップしながら、骨棘(こつきょく)の痛みの状態を確認。昨晩と同じ。つまり、呼吸をいれるなら右だけ。飛び込みは頭をしまって。体重移動、踏み出し、飛ぶこと、1点入水、昨日された入水後の注意事項、ドルフィンキックからプルにいくまでのタイミングなど、ひとつひとつ確認しながら。
入場前に、7泳のコーチから、「さ、うつむかないで、顔を上げて入場しましょう。」とおっしゃっていただき、本当は骨棘痛でうつむいていたのだけれど、顔を上げて入場しました。もう、むちゃくちゃ緊張し、唇も手足も震えていました。
スタートは1泳女子から。どんどんどんどん、自分の番が近づいてきました。前にいた3泳の友人が出たあと、次のこちらからのスタートはわたし。4泳の仲間が向こうから飛び込み、5泳のわたしは飛び込み台に上がりました。後ろから、力を抜いて!と7泳のコーチの声。そうだった。深呼吸しました。用意の姿勢をとり、真下の壁を見ました。4泳の仲間の手が壁にタッチした瞬間、夢中で飛び込みました。
飛び込んだ瞬間の音は、上手い飛び込みのときに感じる音だったので、これはイイかも・・・・・・と思ったのです。深さも悪くない。ドルフィンキックを何度か打ち、なるべく浮き上がるのを遅くし、水中をすすみました。プルを開始したら、思った以上に推進力を得ているように思ったので、そうだった、ここでダメだしと思って、後半のプッシュを気をつけたら、もっと進む。なんだか今日は調子がいいみたい。いつも、タイムを測るときに感じる25mは長いなぁ、という感覚がないまま、壁にタッチしました。よくわからないのだけど、たぶん呼吸は入れなかったと思う。
プールから上がって、わたしがいつも習っているコーチに、とても良かったですよ、と笑顔でおっしゃっていただきました。彼はアンカー8泳なのですが、生徒の泳ぎをちゃんと見ているなんて、やっぱり余裕だなぁと思いました。その彼が、飛び込んでからわかりました。わたしたちのチーム、同じ組では2位と大きく差をあけて、1位でした。
たった25mの泳ぎなんですが、わたしはとにかく真剣勝負の泳ぎができ、自己満足の嫌いはあるけれど、充実した気持ちでした。人に褒めてもらわなくても、充分だったのですが、多くの仲間にお褒めの言葉をいただきました。
この後、みんなは、打ち上げと称して、飲み会に行きました。いつもはたいてい参加するわたしも、今日の充実したリレーの泳ぎを、本当にわたしをわかってくれる友人にだけ話したかったので、この飲み会には参加しませんでした。ふてくされていたわけではなく、友人に話すまで充実感をしまっておきたかったのです。それでも、ちょっとだけ、自分のために、近頃よく友人と行くお店に、今日はひとりで寄ってきました。
カウンターに座ると、料理長に「めずらしいですね、おひとりで。何かいいことありました?」と言われ、今日の水泳のこと、結果だけちょっと話しました。それはよかったですね、というわけで、お祝いのおつまみをサービスしてくれました。わたしも、今日はおなかがとても空いているから、メニューはすべて彼にお願いして、初めてのお酒「れんと」を頼みました。いつもは「とりかい」ばっかりなのだけど、今日はちょっと冒険。料理長は、メニューにない料理ばかり出してくれました。その丁寧な料理も美味しかったし、出されるタイミングも最高で、家を出るときつかんだ、池波正太郎の『よい匂いのする一夜』という本をときどき読みながら、かなり酔いました。ちょうど湯布院の章を読んでいたのですが、わたしが恋こがれている大分の久住高原の風景が書かれていて、酔った頭で読んでいると、まるで自分がそこに居るような錯覚を、何度も覚えました。その芝生の上を歩き、寝そべって幸せをかみしめた久住高原。高原の空気と景色があれば、もう何もいらないほど素敵なところでした。その世界に、完全に戻っていました。最後に料理長が、「先日、(わたしが)お菓子の先生をなさってるってわかったんで、今度お見えになったらお出ししようと思っていたんですよ。」と言って、最近では珍しくなくなった、お酒のあとのデザートを出してくれました。濃厚なバニラアイスクリームに黒糖をかけ、そこに焼酎を振ったデザート。彼のオリジナルだそうです。焼酎の銘柄をわたしに教えてくれたけれど、それは彼の好意からなので、ここでは内緒です。
隣に友人がいなかったのは残念だったけど、こういう楽しみかたもあることを覚えました。
家では飲まないことにしているお酒、たまには、こういうふうに楽しむのもよいもので、それが充実したことをした後ならば、とても気分よく酔えるものということを、あらためて感じました。
昨夜は、ほんとうはプールが終わってから、職場に行って、急ぎの書類を作らなければならなかったのですが、それはやめて、仲良しのプールのコーチに付き合ってもらい、一緒に、ありえない組み合わせの甘いものを食べ、自分をカームダウンさせました。帰ってきたのが1時半過ぎで、それから、後始末などをして、寝たのが3時ごろでした。海をみたりして、あれだけ無理やり上げていたモチベーションも、ちょっとしぼんでしまったので、自分の個人種目はリタイアすることにしました。これは、わたしがいちばん嫌う最低の選択だということはわかっているけれど。
2時半すぎでしたが、一緒に混合リレーを泳ぐ仲間に、とにかく、混合リレーだけは、何があっても行くというメールだけしておいて、寝ました。
午前中、もう、これ以上できないというほどのフルメイクをして、シャッキリさせ、出かけました。どうせプールに入る前に、メイクは落としちゃうんだけど、これもひとつのおまじないのようなもの。巣鴨までの小一時間ほど、これからする泳ぎをイメージしていました。たった25mなんだけれど、これって意外と重要なんです、わたしには。
アップしながら、骨棘(こつきょく)の痛みの状態を確認。昨晩と同じ。つまり、呼吸をいれるなら右だけ。飛び込みは頭をしまって。体重移動、踏み出し、飛ぶこと、1点入水、昨日された入水後の注意事項、ドルフィンキックからプルにいくまでのタイミングなど、ひとつひとつ確認しながら。
入場前に、7泳のコーチから、「さ、うつむかないで、顔を上げて入場しましょう。」とおっしゃっていただき、本当は骨棘痛でうつむいていたのだけれど、顔を上げて入場しました。もう、むちゃくちゃ緊張し、唇も手足も震えていました。
スタートは1泳女子から。どんどんどんどん、自分の番が近づいてきました。前にいた3泳の友人が出たあと、次のこちらからのスタートはわたし。4泳の仲間が向こうから飛び込み、5泳のわたしは飛び込み台に上がりました。後ろから、力を抜いて!と7泳のコーチの声。そうだった。深呼吸しました。用意の姿勢をとり、真下の壁を見ました。4泳の仲間の手が壁にタッチした瞬間、夢中で飛び込みました。
飛び込んだ瞬間の音は、上手い飛び込みのときに感じる音だったので、これはイイかも・・・・・・と思ったのです。深さも悪くない。ドルフィンキックを何度か打ち、なるべく浮き上がるのを遅くし、水中をすすみました。プルを開始したら、思った以上に推進力を得ているように思ったので、そうだった、ここでダメだしと思って、後半のプッシュを気をつけたら、もっと進む。なんだか今日は調子がいいみたい。いつも、タイムを測るときに感じる25mは長いなぁ、という感覚がないまま、壁にタッチしました。よくわからないのだけど、たぶん呼吸は入れなかったと思う。
プールから上がって、わたしがいつも習っているコーチに、とても良かったですよ、と笑顔でおっしゃっていただきました。彼はアンカー8泳なのですが、生徒の泳ぎをちゃんと見ているなんて、やっぱり余裕だなぁと思いました。その彼が、飛び込んでからわかりました。わたしたちのチーム、同じ組では2位と大きく差をあけて、1位でした。
たった25mの泳ぎなんですが、わたしはとにかく真剣勝負の泳ぎができ、自己満足の嫌いはあるけれど、充実した気持ちでした。人に褒めてもらわなくても、充分だったのですが、多くの仲間にお褒めの言葉をいただきました。
この後、みんなは、打ち上げと称して、飲み会に行きました。いつもはたいてい参加するわたしも、今日の充実したリレーの泳ぎを、本当にわたしをわかってくれる友人にだけ話したかったので、この飲み会には参加しませんでした。ふてくされていたわけではなく、友人に話すまで充実感をしまっておきたかったのです。それでも、ちょっとだけ、自分のために、近頃よく友人と行くお店に、今日はひとりで寄ってきました。
カウンターに座ると、料理長に「めずらしいですね、おひとりで。何かいいことありました?」と言われ、今日の水泳のこと、結果だけちょっと話しました。それはよかったですね、というわけで、お祝いのおつまみをサービスしてくれました。わたしも、今日はおなかがとても空いているから、メニューはすべて彼にお願いして、初めてのお酒「れんと」を頼みました。いつもは「とりかい」ばっかりなのだけど、今日はちょっと冒険。料理長は、メニューにない料理ばかり出してくれました。その丁寧な料理も美味しかったし、出されるタイミングも最高で、家を出るときつかんだ、池波正太郎の『よい匂いのする一夜』という本をときどき読みながら、かなり酔いました。ちょうど湯布院の章を読んでいたのですが、わたしが恋こがれている大分の久住高原の風景が書かれていて、酔った頭で読んでいると、まるで自分がそこに居るような錯覚を、何度も覚えました。その芝生の上を歩き、寝そべって幸せをかみしめた久住高原。高原の空気と景色があれば、もう何もいらないほど素敵なところでした。その世界に、完全に戻っていました。最後に料理長が、「先日、(わたしが)お菓子の先生をなさってるってわかったんで、今度お見えになったらお出ししようと思っていたんですよ。」と言って、最近では珍しくなくなった、お酒のあとのデザートを出してくれました。濃厚なバニラアイスクリームに黒糖をかけ、そこに焼酎を振ったデザート。彼のオリジナルだそうです。焼酎の銘柄をわたしに教えてくれたけれど、それは彼の好意からなので、ここでは内緒です。
隣に友人がいなかったのは残念だったけど、こういう楽しみかたもあることを覚えました。
家では飲まないことにしているお酒、たまには、こういうふうに楽しむのもよいもので、それが充実したことをした後ならば、とても気分よく酔えるものということを、あらためて感じました。
ほっとしたドクターストップ ― 2007年12月03日 23時12分54秒
酔っ払って帰って来て、最低限の一通りのことをして、ベットにもぐりこんだまではよかったのですが、夜中に目覚めたら、寝返りがうてない、うっかり起き上がれないほどの首の後ろと肩の痛さで目覚めました。昨日の大会で泳いだのがよけいに悪くしてしまった感は否めない感じでした。
歩いても一歩ごとに痛さが首まで響いてまいりました。仕事の合間をぬって、整形外科へ。骨棘(こつきょく)の痛みと思ったのは素人の早合点で、レントゲンの結果、バタフライでのむち打ちと、極度の首肩凝りとの診断。
そうだった、極度の緊張で、わたしは以前よく、ドクターも驚くほどの首肩凝りになっていました。今回は水泳のこともあったけれど、ここのところ、父のことで、家にいるときは、どうにもならないほど、気が抜けない状態だったことも確か。それと、この寒さ。寒さの苦手なわたしは、いつもいつもヒドイ肩凝りになっていたっけ。たまに思い出したように来ただけと思えばなんともない。
普通なら肩凝りは泳いで治すけれど、ドクターのいうとおり、しばらくお休み。水泳を離れるよいチャンスを与えてもらったようで、それがかえって心地いいような気持ちになっています。それにしても、どういうわけか、今夜は大好きな友人に逢いたくて、話しをしてもらいたくて・・・・・・。こういう晩もあるものです。
歩いても一歩ごとに痛さが首まで響いてまいりました。仕事の合間をぬって、整形外科へ。骨棘(こつきょく)の痛みと思ったのは素人の早合点で、レントゲンの結果、バタフライでのむち打ちと、極度の首肩凝りとの診断。
そうだった、極度の緊張で、わたしは以前よく、ドクターも驚くほどの首肩凝りになっていました。今回は水泳のこともあったけれど、ここのところ、父のことで、家にいるときは、どうにもならないほど、気が抜けない状態だったことも確か。それと、この寒さ。寒さの苦手なわたしは、いつもいつもヒドイ肩凝りになっていたっけ。たまに思い出したように来ただけと思えばなんともない。
普通なら肩凝りは泳いで治すけれど、ドクターのいうとおり、しばらくお休み。水泳を離れるよいチャンスを与えてもらったようで、それがかえって心地いいような気持ちになっています。それにしても、どういうわけか、今夜は大好きな友人に逢いたくて、話しをしてもらいたくて・・・・・・。こういう晩もあるものです。
プール行かなくても平気だった ― 2007年12月04日 23時03分38秒
ゆうべ、叔父から電話があって、今月中に、夕飯を食べに行くよ、と言っていました。8月に妻である義叔母を亡くし、心の落胆はいかばかりかと思うあまり、声をかけられずにいて。電話をもらってよかったです。生前、義叔母が、リハビリの為に絵を描いていたようで、そのうちの2枚をもらっています。一枚は、わたしの大好きな桜の絵。大胆な構図で、ほんわりしていた義叔母の印象とは違ったのですが、その力強さに魅かれました。桜という花は、凡人のわたしでも、ちょっと哲学的になってしまうもので、あれだけ心和ませる色、姿なのだけど、本当は力強い花なのかもしれない。もう一枚は、なんと、丸々1個の白菜の絵で、これは、冬の間、食卓の見えるところに飾ろうと思っていました。お鍋をするときに、見たい。義叔母も一緒にいるような気持ちになれるし。この白菜の絵に向かって、わたしはよく、話しかけています。
首は相変わらずです。痛み止めや筋肉を和らげる薬を飲んで、やっと痛みを忘れている程度。ゴチゴチに固まっています。ことにこの寒さでは、よくなりようがありません。今日は、両肘のところまでしびれています。シップ薬が出ましたが、首も回らず、腕も上がらないほど凝っていることもあり、うまく貼れません。イヤでもひとりを実感するとき。
今夜は、ちょっと涙がでてしまいました。わけもなく、哀しいときがあるものです。
首は相変わらずです。痛み止めや筋肉を和らげる薬を飲んで、やっと痛みを忘れている程度。ゴチゴチに固まっています。ことにこの寒さでは、よくなりようがありません。今日は、両肘のところまでしびれています。シップ薬が出ましたが、首も回らず、腕も上がらないほど凝っていることもあり、うまく貼れません。イヤでもひとりを実感するとき。
今夜は、ちょっと涙がでてしまいました。わけもなく、哀しいときがあるものです。
小さな部屋に守られていた実感 ― 2007年12月05日 21時13分14秒
軽いむち打ち病は相変わらずで、今日も両腕のひじのところまで、しびれています。寝返りうてないのも、起き上がるのが大変なのもそのまま。痛み止めの薬は、飲んだ直後だけ効きます。結局、考えてみれば、大会前日の土曜日夜にやってしまったむち打ち。さすがに、行きたくても行きたくなくても、泳げないのだから、プールは行かれないのだけれども、きっと、仲間はおとといの大会で、ふてくされていて来ないと思うだろうな。だけど、前日にやってしまい、その上で翌日、リレーに出たとも言えないし。何か、うまい言い訳はないものでしょうか。
今日は有休をとって、自宅近くにかりていた部屋の荷物まとめを、朝からやっていました。2月から借りていた部屋ですが、この10日で期限をむかえ、延長することは考えませんでした。結局、あんな小さな部屋でも、家を2軒管理しているようなもので、それが大変だと気付いたから。その代わり、家で仕事をするのは大変になりそうです。こうなったら、いちいち、都心のオフィスに戻ったほうが、仕事自体ははかどるかもしれません。
そこで寝泊りしていたわけではないので、たいしたものはなく、書類、書籍、事務用品、キッチン用品と、食器類、それとわずかな日用品を荷造りしました。ダンボールに詰め、部屋の一箇所にまとめてしまうと、部屋は何てがらんとしてしまうものなんだろう。ここは、わたしにとって、一種のシェルターの役割もしてくれたことがあります。
愛読書モンゴメリの『Anne of the Island』(日本語だとアンの愛情?だったかな?)のなかで、アンの友人のフィルが、「人が思いを抱き、暮らした部屋は、それ自体が“人格”を持つもの。」というようなくだりがありましたが、今日はまさにそれを感じたでした。こんな部屋でも、いっとき、わたしと時間を共にしたことを思うと、感慨深いものがあります。
今日は有休をとって、自宅近くにかりていた部屋の荷物まとめを、朝からやっていました。2月から借りていた部屋ですが、この10日で期限をむかえ、延長することは考えませんでした。結局、あんな小さな部屋でも、家を2軒管理しているようなもので、それが大変だと気付いたから。その代わり、家で仕事をするのは大変になりそうです。こうなったら、いちいち、都心のオフィスに戻ったほうが、仕事自体ははかどるかもしれません。
そこで寝泊りしていたわけではないので、たいしたものはなく、書類、書籍、事務用品、キッチン用品と、食器類、それとわずかな日用品を荷造りしました。ダンボールに詰め、部屋の一箇所にまとめてしまうと、部屋は何てがらんとしてしまうものなんだろう。ここは、わたしにとって、一種のシェルターの役割もしてくれたことがあります。
愛読書モンゴメリの『Anne of the Island』(日本語だとアンの愛情?だったかな?)のなかで、アンの友人のフィルが、「人が思いを抱き、暮らした部屋は、それ自体が“人格”を持つもの。」というようなくだりがありましたが、今日はまさにそれを感じたでした。こんな部屋でも、いっとき、わたしと時間を共にしたことを思うと、感慨深いものがあります。
ピンときた! ― 2007年12月06日 23時59分59秒
むちうちは、相変わらず。ふとした瞬間に激痛がはしって、「うっ!」と声を出してしまいます。首肩凝りは、だいぶ改善されたみたいなんだけど。
仕事はつつがなく。あさっての土曜日に、品川のプールへの、水泳指導はできないことを、連絡して、体を休められるときは、やすめました。
わたしという人間は、おかしなもので、あれだけプールに行きたいとか行きたくないとか思っていたクセに、いざ行かれなくなってしまったら、なんだか気になる。と思っていたとき、ある考えが・・・・・・。
ドクターは、「泳いじゃ」ダメと言ったけど、プールを「歩いちゃ」ダメとは言っていないことに気付きました。それで、プールバッグに大急ぎで必要なものを詰め込んで、車に乗って行ってきました。今日は、「歩く」だけなので、寒いといけないから、品川のプールでだけ着ている足首まであるスパッツタイプの水着を持って。ホームプールで着るのは初めてだったので、みんなにいろいろ言われながら、歩くこと30分。
友人たちが、向こうでスイスイ泳いでいるのを見ながら歩くのは、つまらないことがよーくわかりました。
心配してくれているプールの仲良しのコーチから、怪我を心配し、何かあったら、家も近いし、すぐ駆けつけますなんて、メールをもらいました。彼女はいつもやさしい。ただ、退職する意思を上司に伝えたとあり、とうとうその時が来てしまったと、沈んだ気持ちになりました。
仕事はつつがなく。あさっての土曜日に、品川のプールへの、水泳指導はできないことを、連絡して、体を休められるときは、やすめました。
わたしという人間は、おかしなもので、あれだけプールに行きたいとか行きたくないとか思っていたクセに、いざ行かれなくなってしまったら、なんだか気になる。と思っていたとき、ある考えが・・・・・・。
ドクターは、「泳いじゃ」ダメと言ったけど、プールを「歩いちゃ」ダメとは言っていないことに気付きました。それで、プールバッグに大急ぎで必要なものを詰め込んで、車に乗って行ってきました。今日は、「歩く」だけなので、寒いといけないから、品川のプールでだけ着ている足首まであるスパッツタイプの水着を持って。ホームプールで着るのは初めてだったので、みんなにいろいろ言われながら、歩くこと30分。
友人たちが、向こうでスイスイ泳いでいるのを見ながら歩くのは、つまらないことがよーくわかりました。
心配してくれているプールの仲良しのコーチから、怪我を心配し、何かあったら、家も近いし、すぐ駆けつけますなんて、メールをもらいました。彼女はいつもやさしい。ただ、退職する意思を上司に伝えたとあり、とうとうその時が来てしまったと、沈んだ気持ちになりました。
仲良し姉妹は仲良く風邪引き ― 2007年12月07日 23時59分59秒
いよいよ、近所に借りた仕事部屋の引越し荷物をまとめることの2回目。といっても、いちばんやっかいで、重い書類、書籍をまとめて運ぶまでを午前中にやりました。今日は、一度、自転車で行って、荷物をまとめて、いったん家にもどり、のち、車で行って荷物を運び出すという、面倒なことをする時間も体力的余裕もなかったので、駐車違反覚悟で初めから車で出発。
それでも、家を出てから、戻るまで40分程度ですみました。
午後は、前からの妹との約束で、姪っ子たちを預かることになっていました。1号も2号も、どうやら風邪をひいてしまったようで、1号は学校から連絡があり、発熱で早退。妹の家で3人で絵本などを読んでいました。妹は1号の学校の父兄会。そのうち、部屋のカーテンを引いて、2人を寝かせました。
1号の通う学校では、はやり出てきたイジメの問題。ワルがたくさんいるみたい。1号も、骨折している足首を、蹴られたそうで、そんなことは日常のようです。担任も、妙に自信はあるけど、実際は頼りないし。わたしたちのころには、あまり問題にならなかったことが起こることを、目の当たりにしました。
昨日に引き続き、プールへは行きました。歩くのはつまらないので、コーチに状況を説明した上で、マスターズクラスに出てみました。やっぱりバタフライとブレストは泳げない。おぼれたようになってしまいました。バックとクロールはできるけど、クロールでの左呼吸は、以前にまして、全くできず。右も、頭があがっているみたい。クイックターンも、バランスが取れないようで、失敗の連続でした。ただ、家にいるよりもよいことは、ひとりでは貼れないシップを、仲間に貼ってもらえることです。
そしてもうひとつ。「水泳をいやにならないように、そうっとそうっとプールへ通ったり、いやになってしまうんじゃいかなぁ、やめちゃうんじゃないかなぁ・・・・・・」と心配することは、今日からやめることにしました。今日、わたし、水泳はやめないことに決めたからです。
それでも、家を出てから、戻るまで40分程度ですみました。
午後は、前からの妹との約束で、姪っ子たちを預かることになっていました。1号も2号も、どうやら風邪をひいてしまったようで、1号は学校から連絡があり、発熱で早退。妹の家で3人で絵本などを読んでいました。妹は1号の学校の父兄会。そのうち、部屋のカーテンを引いて、2人を寝かせました。
1号の通う学校では、はやり出てきたイジメの問題。ワルがたくさんいるみたい。1号も、骨折している足首を、蹴られたそうで、そんなことは日常のようです。担任も、妙に自信はあるけど、実際は頼りないし。わたしたちのころには、あまり問題にならなかったことが起こることを、目の当たりにしました。
昨日に引き続き、プールへは行きました。歩くのはつまらないので、コーチに状況を説明した上で、マスターズクラスに出てみました。やっぱりバタフライとブレストは泳げない。おぼれたようになってしまいました。バックとクロールはできるけど、クロールでの左呼吸は、以前にまして、全くできず。右も、頭があがっているみたい。クイックターンも、バランスが取れないようで、失敗の連続でした。ただ、家にいるよりもよいことは、ひとりでは貼れないシップを、仲間に貼ってもらえることです。
そしてもうひとつ。「水泳をいやにならないように、そうっとそうっとプールへ通ったり、いやになってしまうんじゃいかなぁ、やめちゃうんじゃないかなぁ・・・・・・」と心配することは、今日からやめることにしました。今日、わたし、水泳はやめないことに決めたからです。
早く週末が来ないかな ― 2007年12月08日 23時59分59秒
今朝早く起きて、神楽坂にあるお料理教室へ。といっても、今日は教室があるわけではなく、ここでアシスタントをなさっていたマコ先生のシュトゥーレンというクリスマスのドイツ菓子を申し込んでいて、その受け取りに。8ヶ月ぶりくらいにマコ先生にもお会いできて、本当に嬉しかったです。お料理の先生と、マコ先生に、わたしのフルーツケーキをお持ちしました。
品川のプールにはいけなくなったので、そのお教室で一緒に生徒で通っている友人と、銀座まで出てランチ。ひと月前も行ったけど、また、三笠会館の榛名へ。わたしは、大好きな友人なら、つい、ここに連れてきてしまいます。3時間ほどかけてお食事。わたしより3歳上の彼女は、とても控え目な美しい女性で、こちらがなにか聞かなければ、決してご自分の話をしない謙虚なひとです。でも、今日は、わたしにいま、起こっていること、考えていることを話して、いろいろとアドバイスをしてもらいました。わたしみたいに口数の多い人間ではない分だけ、一言ひとことの重みが伝わります。
彼女と別れて携帯を見たら、大好きな友人からめずらしくメールが入っていました。もう、嬉しくて、銀座駅のホームから大急ぎで電話をしたけれど、出ないので、また後でと思い、家へ。うちに帰ってから、いろいろ家事をしているとき、その友人から電話があり、久しぶりに声を聴くことができました。いけないいけないと思いつつ、友人の話を聴きたいがために、わたしもついおしゃべりしてしまう。1時間以上も。わたしの携帯が音をあげたほどです。わたしの仲良しのプールのコーチと3人でお食事に行くことになりました。本当にうれしくて、待ちきれない気分!
今日は、プールはやめました。首が痛くて、とても泳げないと思ったし、コーチからも、大好きな友人からも、「無理はしないように。」と心配してもらったので。
品川のプールにはいけなくなったので、そのお教室で一緒に生徒で通っている友人と、銀座まで出てランチ。ひと月前も行ったけど、また、三笠会館の榛名へ。わたしは、大好きな友人なら、つい、ここに連れてきてしまいます。3時間ほどかけてお食事。わたしより3歳上の彼女は、とても控え目な美しい女性で、こちらがなにか聞かなければ、決してご自分の話をしない謙虚なひとです。でも、今日は、わたしにいま、起こっていること、考えていることを話して、いろいろとアドバイスをしてもらいました。わたしみたいに口数の多い人間ではない分だけ、一言ひとことの重みが伝わります。
彼女と別れて携帯を見たら、大好きな友人からめずらしくメールが入っていました。もう、嬉しくて、銀座駅のホームから大急ぎで電話をしたけれど、出ないので、また後でと思い、家へ。うちに帰ってから、いろいろ家事をしているとき、その友人から電話があり、久しぶりに声を聴くことができました。いけないいけないと思いつつ、友人の話を聴きたいがために、わたしもついおしゃべりしてしまう。1時間以上も。わたしの携帯が音をあげたほどです。わたしの仲良しのプールのコーチと3人でお食事に行くことになりました。本当にうれしくて、待ちきれない気分!
今日は、プールはやめました。首が痛くて、とても泳げないと思ったし、コーチからも、大好きな友人からも、「無理はしないように。」と心配してもらったので。
気になっていた家事ひとつの日 ― 2007年12月09日 21時32分36秒
今朝は片頭痛で目覚めました。起きて、なにか対処をしなければならないと思うのだけど、頭が痛いと、なかなかベットから起き上がることができない。
それでも、なるべく薬は避けようと思って、フラフラ階下に下りていって、アイスノンを取り出し、コーヒーをグラスに注いで飲み干しました。コーヒーが、意外に頭痛を和らげる手助けになることがあります。
再びベットへ。今日は、むちうちも、昨日より明らかにヒドくなっていて、再び寝返りがうてない人間に逆戻りしてしまいました。特に左は肩甲骨の周辺が痛く、左肘のところまで軽くしびれています。やっぱりドクターの言うとおり、まだ泳ぐのは無理かも。2週間後には、100本大会もあるというのに・・・・・・。
午後遅くには元気になって、お部屋の片付けやら掃除をしました。週末にこうしたことをしておけば、一週間イヤな思いをして生活しないですみます。でも、暮に向けて、もう少し頑張って、お片づけをしたいと思っています。
それでも、なるべく薬は避けようと思って、フラフラ階下に下りていって、アイスノンを取り出し、コーヒーをグラスに注いで飲み干しました。コーヒーが、意外に頭痛を和らげる手助けになることがあります。
再びベットへ。今日は、むちうちも、昨日より明らかにヒドくなっていて、再び寝返りがうてない人間に逆戻りしてしまいました。特に左は肩甲骨の周辺が痛く、左肘のところまで軽くしびれています。やっぱりドクターの言うとおり、まだ泳ぐのは無理かも。2週間後には、100本大会もあるというのに・・・・・・。
午後遅くには元気になって、お部屋の片付けやら掃除をしました。週末にこうしたことをしておけば、一週間イヤな思いをして生活しないですみます。でも、暮に向けて、もう少し頑張って、お片づけをしたいと思っています。
アンの友達フィルの言葉を再び思う ― 2007年12月10日 23時00分00秒
朝から、整形外科へ通院。今朝は首の具合は悪くなく、今日からリハビリを始める事になりました。未練たらしく、聴いてみました。「あのー、泳いでもいいですか?」って。ドクターからは、痛くなければよいとの許可が出て、本当に嬉しかったです。
この10ヶ月の間、近所に借りていた仕事部屋の退室期限が今日で、午前中、最後の点検に行ってきました。残してあるものは、スリッパとタオル1枚と、花柄のトイレットペーパー。先日の片付けとあわせると3回目ですが、アパートのとても汚いゴミ置き場に、ゴミを捨てるのがいやで、結局、うちに持って帰ったうえで、捨てました。ゴミといえども、いっとき、わたしの役に立ってくれたもの。それを、もう2度と来ないところに置き去りにするのが忍びなかったのです。
それでも、仕事をするのに快適な環境をくれ、ときには、ひとりになりたいときに、わたしの身を守ってくれた部屋でもあって、そういう意味で、もう、2度とここに入ることもないだろうと思うと、ちょっとセンチメンタルな気持ちになりました。
昨日、アマゾンで注文していたCDが届き、今日の車の中で、ちょっと元気になりたくて聞きました。古いCDです。マライア・キャリーのクリスマスソング、“All I want for Christmas is you.” バラードの曲がいちばん好きだけど、ときには、こういう曲を聞き、口ずさんでいると、ちょっと楽しい気分になります。
写真は、今日退室した仕事部屋の玄関から。メゾネット型のワンルームでした。
この10ヶ月の間、近所に借りていた仕事部屋の退室期限が今日で、午前中、最後の点検に行ってきました。残してあるものは、スリッパとタオル1枚と、花柄のトイレットペーパー。先日の片付けとあわせると3回目ですが、アパートのとても汚いゴミ置き場に、ゴミを捨てるのがいやで、結局、うちに持って帰ったうえで、捨てました。ゴミといえども、いっとき、わたしの役に立ってくれたもの。それを、もう2度と来ないところに置き去りにするのが忍びなかったのです。
それでも、仕事をするのに快適な環境をくれ、ときには、ひとりになりたいときに、わたしの身を守ってくれた部屋でもあって、そういう意味で、もう、2度とここに入ることもないだろうと思うと、ちょっとセンチメンタルな気持ちになりました。
昨日、アマゾンで注文していたCDが届き、今日の車の中で、ちょっと元気になりたくて聞きました。古いCDです。マライア・キャリーのクリスマスソング、“All I want for Christmas is you.” バラードの曲がいちばん好きだけど、ときには、こういう曲を聞き、口ずさんでいると、ちょっと楽しい気分になります。
写真は、今日退室した仕事部屋の玄関から。メゾネット型のワンルームでした。
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